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みー

 投稿者:  投稿日:2011年11月10日(木)14時37分20秒
  バンプは好きなんだけど、全く違うバンドの曲を「この曲バンプっぽいね」とか言われるのは、すごくもにょるのよ。
なんかその曲に対してもバンプに対しても微妙な感情抱く羽目になったりするから、ほんとやめて欲しいと思ってしまうのよ。

AよりBのがすごいと思う、とか
どっちをダシに使うのもなんかもうやめてくれないかと思う。
Bがすごく良いと感じたってのを伝えたいというのはわかるんだけど、
わたしはAだって別に嫌いじゃないよって時にそれがどう伝わってるかっていうと、
あなたが上げたいと思ったであろうBの価値まで下がってるんだよ、わたしの中では。
 
 

da

 投稿者:  投稿日:2011年 6月 5日(日)22時25分17秒
  真実を知って絶望したかといえば、
絶望するほどの希望を抱いてすらいなかった事に気付いただけだったのだ
 

 投稿者:  投稿日:2011年 5月28日(土)16時57分8秒
  「そうやっていつも遠くを見てるようなやつほど、指先の幸福感を知ったとき、びっくりするほどコロッといっちまうもんなのさ」  

もてる

 投稿者:  投稿日:2011年 3月11日(金)04時01分9秒
  ――ただの所有欲なのだけれどね。
君が欲しいと言ったなら、
君はどんな顔をしてくれるのだろう。
 

メモ

 投稿者:  投稿日:2011年 2月28日(月)17時51分24秒
  *本当は嬉しいんじゃないか? 力一杯に殴れる悪と出会えて。  

 投稿者:  投稿日:2010年 9月10日(金)11時26分32秒
  予測から実際の観測に至り、その後に浮かぶ感覚が結局「予測通り」と「意外な結果」の二択になると考えると、意外な結果は意外と意外ではない事になる。
予測通りの結果であったかどうかは割合とどうでもよい事で、結果を予測し、その予測に合わせて適切な対処を積み重ねて流れを掴んだかどうかが大事なのである。「予期していた」事自体にはほとんど価値が無いのに、それだけで誇らしげに語っている姿を見かける事例は少なくないように思う。
 

君は笑う

 投稿者:  投稿日:2010年 8月 9日(月)22時28分51秒
  問いたい。
君は知っているのだろうか。
君が笑顔で突き立てたナイフの痛みを。
私の内臓をぐちゃぐちゃに掻き回し、蹂躙したその痛みを。
痛みが怨嗟になって口から溢れないように必死に堪えた、私の痛みを。
その痛みに、私が様々な事を教えられたことを。
その痛みに、私が感謝すらしていることを。
私はもう、痛みに喘ぐように恨みの言葉を溢すことはないであろうことを。
君は、その痛みを知っているのだろうか。

けれど、もしも君がその痛みに気付かないのなら。
――私は決して、君を許さない。
 

のろい

 投稿者:  投稿日:2010年 8月 9日(月)22時15分8秒
  呪いをかけられた事なんてもうどうだっていいが、彼が呪いをかけたという事実の重さに気付いてすらいないのだとすれば、それは呪いをかけたという事実とは比べ物にならないほど私の心を縛り付ける。  

memo

 投稿者:  投稿日:2010年 7月31日(土)19時45分46秒
  「あんたは俺に恨まれてると思っているようだが、俺はあんたに呪われてるよ」  

いい機会になったと思えるために

 投稿者:  投稿日:2010年 6月15日(火)02時50分47秒
  リムーブについて切り分けておく必要がある。

ついったーは自由である、という観点を守りたい。
このため、mixiなどのように「一度繋がれば外す時は絶縁」という体系から離れるため、
お互いのフォロー・リムーブは自由に開放されているものと考える。
これは私個人がこうあろうと思っているやり方というだけで、
他者に干渉するつもりは毛頭無い部分である。

こういった前提の心構えがあった上で、
親交が割と深い知り合いからリムーブを受けた時のショックに悶えているのが今。

正直、突然腹部にナイフを突き立てられたような精神的衝撃である。
上記で述べたように、ついったー上でのフットワークの軽さは保障されるべきと考える以上、
私は彼のリムーブに対して制止をかけることはできないし、恨み言を言うのも筋違いだ。
だがこの胃の腑を直撃するような重い一撃は何だ。
感情で割り切れば自身の信念に反するため、私に出来ることは我慢することだけだ。
しかし、この先もその友人と顔を合わせる必要があるという事実がただただ辛い。
これはmixiのように「関係が切れる=絶縁」なコミュニティでは生まれないであろう残酷さだろう。
私は一体どんな顔をしてその有人に会えばいいというのだ。
深く考えるなといわれても、もう既に随分と深い傷を負ってしまっているわけで。

理性と感情が一致した結論を出せない状況が辛い。
やがては時間が感情を収めて整理をつけていくだろうが、
このついったーにおけるリムーブの有り方について、今一度考える必要がある。

そんなつもりはないのに軽い気持ちで他人の腹部を刺し貫くような、
こういう事象がどこにでも起こりうる現状を残っていることには問題を覚えるのだ。
他人を縛る縛らないの、その間に、もう一つ考えるべきポイントがあるのだ。
その隙間には、相手の胸に向けて撃ちこまれる銃声が隠れているのだから。
 

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